15世紀前半、チェコがオーストリアとハンガリーを中心に栄えたハプスブルク家の支配下に置かれると、チェコ民族にとっては、長い暗黒時代が始まった。
公式にはチェコ語を使うことすら許されなった長い暗黒時代を経て、市民が立ち上がったのは、18世紀末から19世紀にかけてだった。フランス革命を支えた自由と平等の思想や、ドイツ・ロマン主義の影響を受けたチェコの知識人たちは、チェコ語の復権とチェコ文化の再生に情熱を傾けた。スメタナが音楽を通してチェコの民族的独立を促したのも、この頃のことである。
そして第一次世界大戦が終結した1918年、ついにチェコスロヴァキア共和国が誕生。初代大統領には、哲学者マサリクが選ばれた。しかし、独立したのもつかの間、隣国ドイツにヒトラー政権が誕生すると、チェコスロヴァキアは解体の憂き目にあってしまう。
第二次世界大戦後、ドイツ支配からは解放されたが、今度はソ連主導による共産化が進み社会主義国家となる。共産党一党支配のチェコスロヴァキアだったが、1989年11月、民主化を求める学生のデモが発端となり、チェコスロヴァキアの共産党政権が崩壊した。まだ記憶に新しい人も多いだろう。無血で革命が成功したため「ビロード革命」と言われている。
ビロード革命に至るチェコの民主化への道は長かった。ビロード革命の前に起きた1968年の自由への革命、「プラハの春」は旧ソ連の軍事介入で実ることなく終結した。チェコの人たちは、この時どれだけ涙を流したことだろう。
それから20年、「プラハの春」以降、国内に自由を求める気運が静かに脈々と流れ続けていた。その基盤があったからこそ勝ち得たチェコスロヴァキアの自由である。
「プラハの春」で積極的に改革を推進した劇作家ヴァーツラフ・ハヴェルが大統領に就任し、この国は今度こそ本当に自由を手にしたのであった。島国日本は経験したことのない、隣国に翻弄されたような壮絶な歴史をもった国である。
もっと詳しく知りたい人には春江一也氏の“プラハの春”がお勧め。プラハに行く人にはぜひ一度読んで欲しい小説である。
ちなみにチェコスロヴァキアは1993年にチェコとスロヴァキアが平和裡に分離して、チェコは現在のチェコ共和国となっている。チェコで行われたアンケート結果によると1番好きな国はスロヴァキアであるそうだ。
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音楽とビールのプラハ