プラハは9世紀に創建された中欧の古都で、かつてのボヘミア王国の首都でもあった。20世紀の大戦の戦火を免れて、文字通り中世そのままの町並みを今に残しており、世界遺産にも指定されている。その美しさは、ヨーロッパでも第一級であるとさえ言われている。

「百塔の街」「ヨーロッパの魔法の都」「黄金のプラハ」「建築の博物館」・・・など、プラハを賞賛する言葉は数多くある。
ヴルタヴァ川をはさんで東側には旧市街が、西側にはプラハ城がそびえたっている。どちら側にも赤い屋根の家並みが続き、あちこちに色々な建築様式の教会や宮殿が建ち並んでいる。高い塔に登り、プラハの街を見渡してみれば、中世の町並みの中に教会などの尖塔があちこち立っており、プラハをあらわす言葉の一つ、「百塔の街」の呼び名の意味がわかるだろう。
旧市街の街中は、まるで迷路のような小路が入り組んでいる。自分が本当に中世の街に入り込んでしまったかのようだ。イタリア人のスラヴ学者A.M.リッベーノは、「神秘を説明する他の言葉を探すとしたら、プラハという言葉しか思いつかない」と話しているほど、プラハの町並みは神秘的でもある。プラハの街には数々の伝説が今でも残っているが、想像力を喚起する雰囲気で満ちているのだ。
しかし、プラハは美しいだけの街ではない。その陰には、他国に侵略され続けた悲しい歴史がある。それでも民族的誇りを失わず、自らの国を愛する気持ちが強く、文化と街を守り続けてきたからこそ、今の美しいプラハがあるのだ。
1960年代の自由化運動「プラハの春」を弾圧するために、旧ソ連軍がプラハ侵攻した時も、チェコの人たちは冷静に、静かに抵抗する姿勢を取り続けた。そして20年後に、無血で自国の自由を取り戻したのだ。流血の惨事で美しいプラハを損なわなかったチェコの人たちは、私たちに感動すら与える。
チェコの人たちは、私たち日本人が想像する欧米人とはちょっと違った印象を私に与える。控えめで、まじめ、そして穏やか、どちらかというと日本人に近いものを覚えるのだ。そんな人たちであふれているプラハの街中は、私たち日本人にとっても居心地が良い。
日本人にはプラハはまだあまり馴染みのない街だが、今ヨーロッパではヴェネチアに次ぐ賑わいを見せる観光都市であるという。プラハに行って中世の街並みを、そして旅の醍醐味である非日常を多くの人にぜひ味わってきてほしい。
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音楽とビールのプラハ