ウィーンです。
私の友人の娘さん姉妹が方やピアニスト、方やヴァイオリニストとしてウィーンに在住しています。双方とも子供の頃から知っていて、過日、妹さんに会った時、ウィーンへ来たら是非誘って、と言われていたので、連絡しようかなと思ったのですが、誰かさんのように自由な旅ならいざ知らず、ツアーでは時間的余裕もないので、残念ながら諦めました。
モーツァルト君にぞっこんの私、シェーンブルン宮殿でマリー・テレジアの前で6歳の彼が演奏し、終了後、絨毯に足を捕られて転んだ時、娘・マリー・アントワネットに抱き起こされ、そこで彼がアントワネットに求婚したと語り継がれている「鏡の間」が一般公開されているので、その部屋に立つことができたなら、めくるめく貴族社会の絢爛豪華さを前にしたモーツァルトの心中などを想像し、それこそ失神(大袈裟!)してしまうのでは、と逸る心を抑えるのに苦労したのですが、残念ながら、時間の関係で果たせませんでした。
後で現地ガイドさんに尋ねたら、我々が見学した部屋の隣で、小さな部屋だとか。少なくとも彼が通った通路を歩けただけでもいいか、と自分を慰めるしかありませんでした。それでは、とシュテファン寺院近くにあって、彼が「フィガロの結婚」を作曲した家・「フィガロ・ハウス」を目指して、現地の子供連れ夫婦に尋ねたりしながら散策したのですが、これも空振り。消化不良気味のウィーンでした。
今になれば懐かしい思い出ではあるのですが、その時は不愉快な思いをしたことがあります。ローマでのこと。カンツォーネを聴きながらの夕食の時、演奏者がリクェストを要求しました。私は隅の席に居たので、知らん顔をしていました。その内、演奏しながら次第に私の席へ近づいてきました。そして私に催促するのです。よせばいいのに知ったかぶりをして「カタリカタリ」を、と言ってしまいました。チップも弾みました。日本人からこの曲をリクェストされるとは思わなかったみたいですが、イタリア・オペラでは有名なアリアなので、と思ったのです。喜んで歌ってくれました。
暫くしてその歌手が私の所へ来てしきりに「チェンジ、チェンジ」と言って私の腕時計を指差すのです。つまり歌手の時計と交換しようという訳です。旅に出る直前に時計のベルトを取替えたばかりで、文字盤の黒とコーディネートされた私の時計が高価に見えたのでしょうかね。時計自体は安物で捨ててもいいと思っていたので、場の雰囲気もあって、交換してあげました。貰った時計はシチズン!。やられたな、と思い
ました。
そんなことがあったので、今回のウィーンのホイリゲでの夕食時、私は一番奥の席に着きました。ここなら演奏者も来づらいと思って。正解だと思っていました。誰も演奏を聴いている様子がありません。
と、私と同席になった女性2名の内の一人が何故かかなりハイな気分になっていました。盛んにリクェストしたがっているのです。手を挙げるのですが演奏者には背を向けた位置だったためか、なかなか気付いてくれません。そのとばっちりが私に来ました。「貴方も何かリクェストしてヨ!演奏者をここへ呼んで!」とからんでくるのです。
仕方なく(気が弱いもので)挙手で招きました。件の女性、希望の曲を日本語で言うのです。通じるはずありませんよね!今度はハミングで歌い出すのですがロシア民謡で、これも通じません。イライラし出した彼女、突然私に振ってきたのです。
折角ウィーンに居るのだし、本場で聴くのもいいな、と思い「ウィーン、我が夢の街」をリクェスト。演奏者は待ってましたとばかりに情緒たっぷりに演奏し始めました。演奏途中でヴァイオリン奏者がヴァイオリンを私に渡して「弾け!」と言うではありませんか。ほんのちょっぴりヴァイオリンをたしなむ私、一瞬「旅の恥は掻き捨てて」、と挑戦しかかったのですが、何を思い上がってるんだ!という別の声が聞こえ、慌てて辞退。件の女性曰く「貴方、何者?」。こうして今回の旅の最後の夜が過ぎて行ったのでした。
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